奥野
熊大に合格した生徒を焼肉に連れて行ったとき、彼女を連れてこいと言ったのに、男を連れてきやがった。それがこの奥野だ。純粋で優秀な男だと思った。
俺がこれまでの空手とは全く違った空手を考えているとう話をしたら、自分もやってみたいと言ってくれた。
嬉しかった。
熱中してしまって2時間半以上もやってしまった。
スパーリングはゆるゆるの30分間、休みなし。
奥野は汗びっしょりだったが、俺は汗もかかず、まったく疲れなかった。
「疲れないように闘うには」が空手研究の最初の動機であり、様々な工夫を積み重ねたので、軽いスパーなら延々と闘うことが出来る。今回はスパーとも言えないような軽さだったのでちょっと違うが、それでも18歳の若者よりはるかにスタミナがもつのは、やはり疲れない動き方が出来ているからだと実感した。
また、身体の軸を直立させない、固定しないというのもある。前後左右、常に「やわやわ」「ゆらゆら」に動くのだ。尊敬するS師範が以前、「日本舞踊を踊るように」と言われていたことが、今ようやくわかるようになってきた。武道は舞うように闘うのだ。
動きが柔らかく「見える」要因の一つは、肘、膝を先行させているからだ。肘を先行させると、手の先まで円の動きの連動になる。実際は「円錐運動の連鎖」だ。膝も同様だが、膝を抜くことにより第十が落下し、それが前への推進力、そして回転力の源泉になるのだ。
空手の理は宇宙の真理であり俺が気づこうが気づきまいが、この宇宙に最初から存在するものである。人は真理に気づき、身につけていくことによって、真の自由を獲得していくのではないだろうか。世界中の誰とも違う闘い方を、追い求めていきたい。
絶対自由の境地を目指して。
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